昭和のスクーターの思い出③

 大学入学後初めての夏休み、子どもの頃から可愛がってくれた叔父の家に遊びに行きました。すると玄関先に白いベルーガと赤いサリアンが置かれているのを見ました。

 近場の用足しに便利だからと叔父がベルーガを買うと、叔母も夏場はパート先への足にいいと、続けてサリアンも買ったそうです。

 私は原付免許を取って、すでにMT-5に乗っていましたが、スクーターに乗ってみたいと思い、乗せてもらいました。

 どっしりして安定感のあるベルーガに対し、軽やかでスイスイ曲がれるサリアンは、対照的でしたが、ギヤチェンジがないのは、楽だと思いました。

 ヤマハはホンダほどではないものの、様々なスクーターを発売しました。

 その後、大ヒットした「ジョグ」、前後輪のサイズを変えた「トライ」。カラーリングが鮮やかな「ミント」、スポーティーな「チャンプ」、少し高級路線の「アクティブ」などなど。

 ちなみにこの「ジョグ」を打倒すべく発売されたのが、「ホンダのDJ−1」。「打倒ジョグ1号」の略とまことしやかに噂されました。

 そして昭和の終わり、63年に発売されたのが、太いタイヤを履いたオフ志向「BW’s」。社会人になって初めて買ったスクーターがこれでした。

 マンホールのふたやギャップなどものともしない安定感では、右に出るものはなかったと思います。

 時代が流れ、スクーターは「メットイン」がマストですが、このようなタイヤの太い安定感のあるスクーターがまた発売されると面白いですね。